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暴力団

暴力団 (新潮新書)暴力団 (新潮新書)
(2011/09/16)
溝口 敦

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こないだ銀行口座を作ろうとしたら、
「私は暴力団員ではありません」
という冗談みたいな誓約書を提出させられた。

今や法律や条例で、暴力団員は銀行口座を作ることも、
賃貸マンションを借りることもできないらしい。

ウソの誓約書を出せばいいのではと思うが、
バレて組に迷惑がかかるのが怖いらしい。

メンツと仁義を重んじる古風な暴力団員は、もはや絶滅危惧種

代わって台頭してきた「半グレ集団」は、しがらみがない分
フットワークが軽く、ドライに金を稼いでいるという。

時代の【変化】に適応しなきゃ生きていけないのは、
ワルでも同じということか。

キンドルで電子化されている本はこういう系統ばっかり。
だまされたと思って読んでみたら意外にハマった。
Kindle Paperwhite
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パチンコがなくなる日

パチンコがなくなる日 (主婦の友新書)パチンコがなくなる日 (主婦の友新書)
(2012/01/01)
POKKA 吉田

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CR海物語のマリンちゃん

その笑顔の裏にこんなどす黒い世界があるとは。

パチンコ市場=年間30兆円。
国民一人あたり年30万円(!)つぎ込んでいる計算になる。

最近は市場が縮小して20兆くらいらしいが、
それでも競馬3兆、宝くじ1兆と比べるとバケモノ産業なのだ。

一昔前のパチンコはノンビリしたものだった。
暇つぶしに1時間打って、たまにタバコや子どもの土産をもらう程度だ。

それが今では、20万つぎ込んで30万当てたなんて話は当たり前。
ビッグヒットを求めて一日中打ち続けるのもザラだ。

なぜこんなことになってしまったのか。

本書によると、すべての根源は警察にあるらしい。

パッキーカード景品交換所

パチンコ屋の金の流れをちょっとだけクリーンにしたこれらの仕組み。
警察は、これらを導入する見返りとして、ギャンブル性の高い機種
を認めてしまった。これでタガが外れたのだ。

客もホールも、台メーカーも、そしておそらく警察官僚も、
一度味わった甘い汁は忘れられない。
その後は業者と警察が、ギャンブル性をめぐる微妙な
(というより出来レース的な)綱引きを繰り返しながら今に至っている。

専門用語が多くて読みにくいが、
TUC=東京ユニオンサーキュレーション(実は古物商!)
CR=カードリーダー
の略とか、
警察>台メーカー>ホール>客
の力関係など、そうだったのか!と納得。

同時に
パチンコ「30兆円の闇」 (小学館文庫)パチンコ「30兆円の闇」 (小学館文庫)
(2009/01/08)
溝口 敦

を読むと事情が飲み込みやすい。

AVといい、フーゾクといい、欲望から巨大な産業を産み出し、
官僚を増殖させるオマケまでつける。
警察には、【ビジネス】の天才でもいるのだろうか。

スポーツ解体新書

スポーツ解体新書 (朝日文庫)スポーツ解体新書 (朝日文庫)
(2006/11)
玉木 正之

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中学時代の軟式テニス部。

入部して最初に教わったのは、2年生の先輩を「くん」付け、
3年生以上の先輩を「さん」付けで呼ぶという奇妙な決まりだった。

最初の数ヶ月間はボールを打たせてもらえない。
「型」と称する珍妙なポーズを1時間近くとらせられて、
少しでも動くとラケットでこずかれる。

練習が終わると先輩の下に駆け寄って「注意お願いします!」と頭を下げる。
先輩からお言葉をいただいたら「ありやした!」とまた頭を下げる。

こんなアホらしい指導を受けながらも、どういうわけか私たちの学年は強くなり、
3年生の最後には県大会で入賞するまでになった。

えらいもので、いくつかの高校からスポーツ推薦の話が来た。
同期の一人はその話に乗って私立高にスポーツ進学し、
卒業後はテニスボールメーカーに就職してプレーを続けた…。

本書を読みながら自分の部活体験を思い出してみると、
日本のスポーツの特徴が見事にあらわれていることがわかった。

日本のスポーツは、余暇を楽しむ娯楽としてではなく、
学校で教える体育として発展してきたらしい。

バカバカしい上下関係を守らなければならないのは、
部活が【教育】の場で行われているからだ。
強い者が偉いというスポーツの考え方を目立たなくするために、
目上の者を敬うという道徳観が持ち込まれたというわけだ。

学校スポーツとセットで発展したのが「企業スポーツ」
部活は現役の学生しか参加できないから、卒業後のプレー場所が必要になる。
そこで選手を企業に就職させて、その企業のチームでプレーさせる。

企業スポーツの選手は厳密には【プロ】ではない。
プレーの対価として報酬をもらっているわけではなくて、
普通の社員と同じように給料をもらっているからだ。

本書では、日本のプロ野球も企業スポーツの一種だとして断罪されている。
選手たちは年俸をもらって野球をするのが仕事だが、
実質的にオーナー会社という一企業の利益のために働かされているからだという。

Jリーグ発足した当初、「読売ヴェルディ」という名前を
東京ヴェルディ」に変えるべきだという話でモメていた。

どっちでも変わんないのに、と当時は冷めて見ていたが、
あのこだわりは、スポーツを企業から地域に取り戻そうという
強い決意のあらわれだったんだなあと実感する。

『スポーツは、【芸術】と同じように、個人の身体表現であるべきだ。』

著者の理想とするスポーツが日本で実現すれば、日本選手がお揃いの
赤ジャケットで行進するオリンピックは過去の遺物になるのだろう。

テレビ消灯時間〈2〉

テレビ消灯時間〈2〉 (文春文庫)テレビ消灯時間〈2〉 (文春文庫)
(2000/08)
ナンシー関

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「ナンシー関さんが生きていたらなぁ」

ネット上であちこち目にするこの言葉をやっぱり口にしてしまう。

消しゴム版画とともに語られる芸能人評、その人選がすごすぎる。

有吉のふてぶてしさ』
『フジテレビ笠井信輔キャスターに安定感なし』
『誰か宮本和知を止める人はいないのか』
『子役から女優への変身をこころみる安達祐実
・・・

これらが書かれたのは1997年から1998年にかけて。
ナンシーさんは、芸能界で妙に長生きする方たちを見抜く予言者だったんですね。

やっぱり「生きていたらなぁ」です。

新「親孝行」術

新「親孝行」術 (宝島社新書)新「親孝行」術 (宝島社新書)
(2001/10)
みうら じゅん

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親孝行学の権威、みうらじゅん氏が、門外不出とされてきた親孝行術をついに解禁。

達人自らが語るその極意は・・・

親孝行はプレイである

プレイと割りきってしまうことで、思わず赤面してしまうような行為もスマートにできるようになるというのだ!

反抗期以降ギクシャクしてしまった親子関係を修復しきれずにいる男性諸氏にとって、なんともありがたい福音ではないか。

「人生に必要なことはすべてフーゾクで学んだ」

と氏が言ったかどうかはわからないが、親孝行道にプレイ精神を見出だされた慧眼には感服するほかない。

ただ、プレイは上級者コースに分類される遊び方ではないだろうか。
「あんなこともこんなことも…」と思い描いていざ出陣しても、たいていはお寒い結果に終わる。
顧客側は相当の覚悟とコミュニケーション能力を要求されるし、そもそも信頼関係がないと成り立ちそうにない。

氏が親孝行において、かくもスマートにプレイを実践しうるのは人間力のなせる業だ。
生半可な素人が真似しても「こんなはずじゃなかった・・・」と打ちひしがれることだろう。
それでも挑戦をやめてはいけない。フーゾクは年をとっても行けるかもしれないが、親孝行には冷酷なタイムリミットがある。

氏は本書を以下の言葉で締めくくる。
『親孝行プレイとは、諸君の大人としての成長を物語る行為でもあるのだ』

今度帰省したときは両親との温泉旅行でも企画してみるかな。
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shokomotsu

Author:shokomotsu
無意味つづり>書庫モツ連鎖

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