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高橋竹山に聴く ―津軽から世界へ(新版) CD付き

高橋竹山に聴く ―津軽から世界へ(新版) CD付き高橋竹山に聴く ―津軽から世界へ(新版) CD付き
(2010/05/30)
佐藤貞樹

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「津軽三味線」の巨匠、高橋竹山。

1~2歳の頃、はしかをこじらせて【視力】をほとんど失った。小学校は3、4日行っただけでやめてしまったという。

14歳でボサマ(盲目の門付け芸人)に弟子入りし、以来、北海道、秋田、岩手、青森の各地を門付け(民家の門の前で唄を演奏して施しを受ける)をして生計を立てる。

20歳代、不景気と戦争で門付けが厳しくなり、唄会と呼ばれる興行に雇われて演奏を続ける。
30歳頃から成田雲竹の伴奏者として行を共にする。竹山の名前も雲竹からもらった。

50歳代、唄の伴奏ではなく、「津軽三味線」の独奏としての活動を始める。
本書の著者、佐藤貞樹は、そのきっかけを作った音楽プロデューサーだ。

以後30年に渡り、佐藤貞樹との二人三脚で、日本全国はもとより、モスクワ、ソウル、アメリカ7都市、パリなどで公演活動を行う。1998年、竹山は87歳7ヶ月で生涯を閉じる。

このように事実のみを書いていても、どこか恥ずかしい心持ちになる。
本書の表現を借りれば、『お前に竹山がわかっているのか』という声が聞えてきそうだ。
豊かな時代に都市部で育った人間にとって、竹山の人生は想像を超えている。

本書には「聴き書き」という言葉がたびたび出てくる。
竹山は文字によるコミュニケーションを持たないため、竹山の言葉とされるものはすべて、
竹山が語るのを誰かが聴いて文字におこしたものだ。

「聴き手」という言葉も大切なキーワードだ。
盲人が差別と貧困の中で生きるために受け継いできた芸が、「津軽三味線」という【芸術】の域まで高まったのは、「よい聴き手」とめぐりあったからだという。

「話を聴く」 「音楽を聴く」
ふだん何気なくやっていることだが、目の見えない竹山にとっての「聴く」は健常者のそれとは重みが違う。
30年の長きに渡って竹山に寄り添った著者にとっても、「聴く」という行為は特別な意味を持っていただろう。

本書の前身にあたる「高橋竹山に聴く」(集英社新書)が出版された翌2001年、佐藤貞樹も亡くなった。
著者の妻の佐藤陽子さんが本書に寄せたあとがきは次の言葉で締めくくられている。
『こんどは、わたしたちが貞樹の言葉を「聴く」ばんです。全身を耳にして。』
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