心は孤独な数学者

心は孤独な数学者 (新潮文庫)心は孤独な数学者 (新潮文庫)
(2000/12)
藤原 正彦

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ゼロを発見したインド人。

数字の12と102を区別する「0」は他の文明にも存在した。
しかし、もっと哲学的な、「無である」という意味を「ゼロ」に見いだしたのはインド文明だった。

ラマヌジャンという聞きなれない名前の数学者は、インド南部の片田舎に生まれた。
ときは、インドがまだイギリスの植民地だった19世紀末だ。

幼少の頃から常人離れした才能を発揮したラマヌジャンだったが、
その価値を理解してくれる学者に巡り会えず、一介の事務員として働いていた。

彼の運命を変えたのは、上司の紹介で書いた、イギリス人数学者ハーディへの手紙だった。

手紙にはいくつかの公式が記されていた。それらは、世界トップクラスの数学者をして、
『天才か狂人のどちらかだ』と言わしめるほどユニークなものだった。

ハーディの計らいで、ラマヌジャンはケンブリッジ大学に招かれ、
数学研究に打ち込むことになった。
ラマヌジャンが発見し、ハーディが証明する、
このコンビで先駆的な数々の公式が発表された。

その中には、後にフェルマーの最終定理の証明につながった理論も含まれていたという。

このように書くとサクセスストーリーのように聞こえるが、
敬虔なヒンドゥー教徒のラマヌジャンにとって、イギリス生活はつらい日々だったという。
帰国してからも嫁姑問題に悩まされて、失意の中でその生涯を閉じた。
わずか32歳だった。


本書は、自らも数学者である著者がインドを訪れ、ラマヌジャンの足跡をたどったものだ。
彼の数学的業績にはあまり触れず、人間ラマヌジャンを真正面から見つめている。

育ちのよい著者(ともに作家の新田次郎と藤原ていの息子)は初めてのインドに
相当衝撃を受けたようだ。

イギリス【ニュートン】アイルランドのハミルトンと合わせて
本書は三部構成だが、半分以上をインドの記述に割いている。

著者は最初、あらゆるものがごった煮になったインドの雰囲気と、
美しく調和のとれたラマヌジャンの公式とを結びつけることができなかった。

ラマヌジャンゆかりの人たちに会い、【ヒンドゥー】の考え方や生き方に触れて、
だんだんとその矛盾が解けてゆく、その心の軌跡が感動的だ。

本書を読んでいて、以前インドを旅行したときに、
実はラマヌジャンの生活圏に触れていたことがわかった。
もう一回行くしかないな。
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資本主義が嫌いな人のための経済学

資本主義が嫌いな人のための経済学資本主義が嫌いな人のための経済学
(2012/02/09)
ジョセフ・ヒース

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タクシー運転手に効率よく稼がせるにはどうすればよいだろうか。
雨の日は利用客が多いのでたくさん稼げるが、晴れの日は客待ち時間が長いので実質的な時給は安い。

ということは、給料を歩合制にして労働時間を自由にすれば、運転手たちは自発的に雨の日に残業するようになり、晴れた日はさっさと切り上げるようになるだろう。それが短い時間で高く稼げる方法なのだから。

ところが、ニューヨークのタクシー運転手を調べたところ、全くの行動をとった。雨の日は早めに切り上げて、晴れの日はダラダラ残業をしていたのだ。

実は、タクシー運転手たちは自分なりに1日の売上目標を決めていて、雨の日はその目標に早く到達するから早上がりしていたのだ。

政治的に右寄りの人は、自由競争や自己責任を重んじるが、【競争】が最適な結果を生むとは限らない。

今はやりのフェアトレードコーヒー。コーヒー豆の価格下落から途上国を救うために、先進国で高く買い上げるというものだ。

コーヒー労働者に適正な賃金を!というお題目は立派だが、フェアトレードの結果どうなったかというと、実際は価格がさらに下落してしまったという。

途上国の農場は、本来なら安くでしか売れないはずのコーヒーを高く買ってもらえるから、もっとたくさんコーヒーを作るインセンティブが働く。その結果、ただでさえダブついていたコーヒーがさらに供給されて価格が下がる。

フェアトレード業者の中には、大量の在庫をかかえてしまってコーヒーを廃棄するところもいたようだ。

もともと価格が下落していたのは供給過剰だったのだから、やるべきなのは価格を上げることではなく、単純に生産を減らすことだったのだ。

政治的に左寄りの人は、自由競争を安易にねじ曲げてでも平等を実現しようとするが、その結果不平等が拡大することがままある。


本書は、私たちが陥りがちな経済学上の誤りを、右寄りの人と左寄りの人に分けて正してくれる。

哲学者である著者は、もともとナイーブな左派だったらしい。経済学を学んで自分の誤りに気づき中道寄りに改めた。だからだろうか、左派に対する批判の方が口調が厳しい。

あとがきの言葉は私たちにシビアな現実を突きつける。

『どんなにばかげた、不公平な状況にも、それが続くには理由がある』

世の中は【複雑】だ。それを変えるにも複雑な頭が要りそうだ。

謀殺 下山事件

謀殺 下山事件 (祥伝社文庫)謀殺 下山事件 (祥伝社文庫)
(2009/06/12)
矢田 喜美雄

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既視感がある。60年以上前に起こった事件なのに。

1949年、連合軍による占領下の日本。国鉄常磐線の線路上で男性の轢死体が発見された。
身元確認の結果、前日から行方不明になっていた初代国鉄総裁、下山氏の遺体だと判明した。

折しも、連合軍の指示の下、10万人の国鉄社員の解雇が発表されたばかりだった。

司法解剖を行ったのは東大医学部法医学教室。毒物と死亡時刻の検討は東大薬学部の裁判化学教室も参加した。

結果は、死後轢断。つまり、総裁は何らかの理由で死亡した後に列車に轢かれたというものだった。

ところが、この鑑定結果に対して批判の声があがる。しかも、その声は同業者たる法医学者たちからのものだった。

学界の重鎮とされる学者が、新聞などの【メディア】で次々に生体轢断説を展開する。

そのほとんどは、断片的な情報から思いつくところを述べただけで、解剖や現場検証の原資料を総合的に判断したものではなかった。

中でも東大批判の急先鋒となった名古屋大の教授は、「新聞報道を見ていて黙っていられなくなった」とその安易な動機を語っている。

かくして、論争の渦中にある学者たちが国会に呼ばれるという事態に発展した。原資料もなく、専門家もいない中で議論が深まるはずもなく、目立ちたがり屋のパフォーマンスの場に終わった。

【学者】たちがバラバラに行動して、ひとつの結論にまとまれない様子、
組織としての意思決定と、個人の感想レベルの言説が一緒くたになる様子、
【複雑】【不確実】であるはずの全体象が、単純でわかりやすい論点に埋没していく様子。

似たようなことがリアルタイムで起こっている気がしてぞっとした。
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shokomotsu

Author:shokomotsu
無意味つづり>書庫モツ連鎖

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