ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争

ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争
(2002/06)
高木 徹

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今日、旧ユーゴスラビアのニュースを目にすることはほとんどない。

1992年4月、ボスニア・ヘルツェゴビナの外相がたった一人でニューヨークを訪れた時も、アメリカの【メディア】の多くが「それってどこにある国?」という冷たい反応だったという。しかしその後の数ヶ月で、日本を含む世界中のメディアが、旧ユーゴスラビアの紛争を「民族浄化」「強制収容所」といったセンセーショナルな言葉で連日のように報道することになる。

その背景には、ルーダー・フィン社という【アメリカ】「PR会社」が描いた筋書きがあった。

ルーダー・フィン社は、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府をクライアントとしていた。当時、ボスニア・ヘルツェゴビナはセルビアと対立していた。だから、ルーダー・フィン社はセルビア側に不利な情報をメディアやアメリカ政府に大量に流し続けたのだ。

ルーダー・フィン社のような「PR会社」は、メディアが報道しやすいように情報を「パッケージ化」するのを商売にしている。捏造しているわけでは決してなく(過去にそういう事例もあったようだが)、あくまで事実を組み合わせて一つのストーリーができあがるように仕向けているにすぎない。

世界には200近くの国がある。そのうち、国際ニュースとして報道されるのは、ほんの一握りの国の出来事でしかない。国際政治は、その狭い枠を獲得するための熾烈な情報戦なのだという。

アメリカのメディアで報道されることにより、アメリカ政府が動き、国連が動く。すべてがそううまくいくわけではないが、報道されれば少なくともその確率は高くなる。アメリカ政府や国連にパイプがない小国にとってみれば、お金でそれが実現できるとすれば願ってもないことだろう。そのニーズに応えるのがルーダー・フィン社のような「PR会社」というわけだ。

「民族浄化」と「強制収容所」の犯人にされてしまったセルビアは、アメリカ国籍を持つ人物をユーゴスラビア連邦の大統領にすえるなどのPR戦略で対抗したが、一度付いた悪者のイメージを払拭するすることはできなかった。
結局、セルビア率いるユーゴスラビア連邦は国際社会から追放されてしまう。

ボスニアとセルビア、ホントのところはどっちが悪いかといえば、どっちもどっちというのが真相のようだ。
その後の検証で「強制収容所」の存在は確認されなかったし、関係者の取材では、ボスニア側もセルビア側も、自陣を砲撃をしては相手のせいにする、という自作自演的な行為を繰り返していたらしい。

さらにややこしいことに、紛争はボスニア(のムスリム人)とセルビアの1対1の対立ではなく、クロアチア人も交えた三つ巴の対立だったようだ。

この紛争で死者20万人、避難民200万人が発生したと言われている。ルーダー・フィン社がセルビア側、あるいはクロアチア側に付いていたとしたら、この数字は変わっていたのだろうか。
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戦前の少年犯罪

戦前の少年犯罪戦前の少年犯罪
(2007/10/30)
管賀 江留郎

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戦前の少年犯罪を、報道記事を主な情報源にしてたどったもの。

小学生が近所の子どもを猟銃で撃ち殺す
農家の長男が家族5人をで惨殺
中学生が同級生をネコイラズ(殺鼠剤)で毒殺未遂

こんな凶悪犯罪が日常茶飯事のように起こる。戦前はそういう時代だったという。

大人も負けてはいない。が、教職者が、我が子や教え子を手にかける事件が次々に起こっていた。

昔は親殺しなんかなかった
昔は目上の人を敬う精神が保たれていた
昔の子どもはやっていいことと悪いことの区別がついていた

本書を読むと、【メディア】にはびこるこれらの言説に全く根拠がないことがわかる。
戦後世代も含めて現在のご老人たちは、若い頃相当無茶をしていたはずだが、都合の悪いことはすっかり忘れてしまっているようだ。

柳田国男氏によると「最近の若いもんはなっとらん」という言説は、古代エジプト時代の遺跡からも見つかっているという。
四千年前から若者の出来が悪くなり続けているとしたら、今の若者はどれだけ「なっとらん」のだろうか。
このセリフを口にしたら最後、それはもう自分が若くないという証拠なのだ。

現代の日本は、若者が大暴れするのも成人の日くらいだ。
新聞の投書欄には「ゴミを拾わない」だの「挨拶をしない」だのといった若者批判が相変わらず並んでいるが、
本書を読むと現代の日本人がなんて民主的で道徳的なんだろうと思う。

量子力学の考え方

量子力学の考え方 (ブルーバックス)量子力学の考え方 (ブルーバックス)
(1987/07/16)
ジョン・ポーキングホーン

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物理学は、自然現象を厳密に説明するための学問である。
その根本前提として、自然現象が「確定的」に決まっていることが必要だ。
19世紀までの物理学は、この前提の下に、天体や物質の挙動を明らかにしてきた。

しかし、物理学が原子レベルのミクロの世界に踏み込んだとたん、対象はにわかに曖昧になり、
どんなに精度の高い測定をしても「真の姿」が捉えられなくなってしまった。
葛藤の末に【学者】たちがたどり着いたのは、
ミクロの世界には「真の姿」などなく、亡霊のようにいつも【不確実性】がつきまとう
という結論だった。

天才物理学者アインシュタインですら、物理学の根底をくつがえすこの結論を受け入れることができなかった。
彼は、知人への手紙の中で、
『神がサイコロを振るとは信じられません』
と述べたと言われている(実際は「神」のことを「悪魔」と呼んでいたらしい)。

数式を極力使わずに「わかりやすく」書いたとのことだが、理論的なところは正直全く理解できない。。。
ただ、エピソード的な部分も多いので、教科書に出てくる物理学者たちの人となりを想像しながら読むと楽しい。

著者は物理学者だが、大学総長まで勤めた後に英国国教会の聖職者になったという。ホーキングさんとは別人。

統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀

統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀
(2006/03)
デイヴィッド サルツブルグ

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一つのサイコロを6回振ったとき、1の目は何回出るだろうか。
多くの人は、「1回」と予想するだろう。それが一番確率が高そうだ。
でも実際に振ってみると、1の目は2回出るかもしれないし、1回も出ないかもしれない。

サイコロに限らず、私たちが人生で経験する多くのことは、確率的なものである。
大学入試や就職試験を受けたとすると、合格するかもしれないし、落ちるかもしれない。
その結果を事前に100%予測することはできない。

では、自然界の法則もまた確率的なものである、と言われたらどうだろうか。

いやいやそんなはずはない。もしそうだったら自然界の法則を利用した文明が成り立たなくなってしまう。
目覚まし時計はセットした時刻に必ず鳴るから意味があるんであって、鳴るかもしれないし鳴らないかもしれない、では使い物にならないではないか。

二十世紀を迎えるまで、科学者もそう考えていた。自然界の現象は正確に予測できるものであって、観測された値が予測値と違っていたとしたら、それは測定が下手だからであって、「真の値」は必ず存在しているはずだと。

しかしその後の100年間、科学は、自然界には【不確実性】が存在するということを学んだ。
必ずしも「真の値」を知らなくても、合理的な意思決定ができることを学んだ。その方法を体系化した学問が統計学である。

本書は、統計学の発展に貢献した異才たちのエピソードを綴ったものである。
喫煙と肺がんとの関係を最後まで認めることができなかった天才統計学者。
献身的な看護婦として知られるナイチンゲールが、実は統計を駆使して軍に野戦病院の維持を説いていた。
大恐慌時代のアメリカ、失業者の数を把握するために全数調査をすべきだと主張する財界を相手に、抽出調査の方が低コストでなおかつ正確であることを粘り強く説得した統計学者がいた。
【ソ連】が生んだ優れた統計学者の理論が、自国では「計画経済」の正しさと矛盾するという理由で排除され、敵国アメリカの生産性向上に、役立てられた。などなど。

統計学者の著者が、数学のトレーニングを受けていない妻に勧められて書いたというだけあって、一般の読者でも楽しめるエピソードが詰まっている。

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)
(2007/10)
佐藤 優

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数年前、大学に勤める友人が教授選挙をめぐるゴタゴタに巻き込まれたことがあった。
怪文書が出回ったり、陰湿な嫌がらせを受けたりして大変だったらしいのだが、そのとき彼は、
本書を心の支えに辛い日々を乗り切ったという。
「この本に比べたら自分の状況なんかまだましだ」と言い聞かせていたというのだ。

外務省の職員だった佐藤優氏は、ある日突然逮捕された。鈴木宗男事件にからむ背任容疑だという。
連日の取調べに心折れそうになりながら、佐藤氏は持ち前の『地アタマ』の良さを駆使して、取調官の腹の奥を探ろうとする。そのうち、ある取調官と互いの『地アタマ』を尊敬しあう仲となった。その取調官との奇妙な交流から見えてきたものは、『時代にケリをつける』という国家の意志だった。

鈴木宗男と小沢一郎の二人は、古い政治スタイルの象徴的存在だ。鈴木宗男は、受託収賄などで有罪が確定し、1年間服役した。小沢一郎は陸山会事件にからみ政治資金規正法違反で強制起訴された。この2人の逮捕になんらか共通の「意志」が働いていたと考えるのは自然だろう。

『時代にケリをつける』大義名分のために、著者の人生はとんだとばっちりを食ってしまった。たまたま文筆業で生業をたてることができたが、外務官僚としてのキャリアは閉ざされたも同然だ。

時代を象徴する「悪者」を国家自らが排除するというのは、権力者が世直しまでやってしまう【水戸黄門】スタイルである。時代劇の権力者は間違いを犯すことはないが、現実社会では障害者郵便制度悪用事件のように【権力】の暴走と個人の犠牲が伴う。

1980年代に描かれた「風の谷のナウシカ」では、自己修復機能を持つシステムが瓦解する様がすでに描かれている。

生物と無生物のあいだ

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
(2007/05/18)
福岡 伸一

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今年の夏、2歳の娘と八丈島の海岸で貝拾いをした。
小石や砂の中から上手に貝殻を見つけては、こっちのほうがおおきいよ、こっちのほうがきれだよ、と報告してくれる。
1年前は海岸をヨチヨチ歩くので精一杯だったのに、成長したものだなぁとしみじみしたものだ。

ここでふと、素朴な疑問が浮かぶ。
私たちが、誰に教わったわけでもなく、小石や砂の中から貝殻を見つけ出すことができるのはなぜなのだろうか。

『生物と無生物とを区別しているものは何か』
本書はこの根源的な問いから始まる。

生き物好きだった著者は、子どもの頃、トカゲの卵に穴を開けて中を覗いたのだという。
中にはトカゲの赤ちゃんが眠っているのが見えたが、その卵は孵化することなく死んでしまった。
外気に触れてしまったからだ。

この体験は、生物学者を目指した著者の原体験であり、生命とは何かという問いに対する答えでもある。

私たちのからだを作るひとつひとつの細胞は、全く同じ遺伝情報を持っているが、
外部の環境との【関係性】によって異なるふるまいをするようになる。
個体としての人もまた、周りの環境との触れ合いを通して成長し、自己を形成してゆく。
私たちが生活する都市も、周りと界面を接することによって、その様相を変えている。

これらの【変化】の結果を観察することはできるが、変化の瞬間を目撃することはできない。
あるいは、ひとたび変化の瞬間を覗いてしまうと、変化の結果が変わってしまう。

このうつろいやすさというか、【不確実性】のようなものが、遠回りではあるけれど、
何かを受け継いでいくのに一番確かな仕掛けなのかなと思う。

フーゾク進化論

フーゾク進化論 (平凡社新書)フーゾク進化論 (平凡社新書)
(2009/03)
岩永 文夫

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『フーゾクは【進化】している。まるで生き物のように。』
本書の冒頭の一文は、日本のフーゾク業界の生態を端的に言い表している。

トルコ風呂、愛人バンク、ノーパン喫茶、のぞき部屋、伝言ダイヤル、イメクラ、ハプニングバー・・・
世界でも類を見ない珍妙な業態とその多様性は、ギョーカイ人たちの創意工夫と、それにイチイチ茶々を入れる規制当局との絶妙な駆け合いの結果生まれたのだという。

そもそもの発端は、終戦直後に政府公認で作られた売春施設RAAだった。この施設は、日本婦女子の貞操を米兵から守ることを指命としていた!

しかしほどなく米兵に性病が蔓延してRAAは封鎖。その後、警察が「特殊喫茶」エリアとして指定したのがいわゆる赤線だ。赤線=公認売春地区だと表現されることが多いが、赤線は1946年の公娼制度廃止後にできた特殊喫茶エリアであり、表向きはあくまで飲食店とされていた。

新宿には青線、白線、黒線なるものまであり、新宿二丁目あたりが赤線、ゴールデン街があたりが青線、というふうにそれぞれのエリアが決まっていたという。

現在の新宿歌舞伎町はといえば、石原都知事の浄化作戦をよってフーゾク業界は一斉に無店舗型にシフトしてしまった。店舗が減ったことにより見かけ上は浄化されたのかもしれないが、その分デリバリー系と地下系が増えただけ。フーゾク業界はまさに生き物のように生息場所を変えたのである。

著者の言葉を借りると『放っておけばそれなりに静かなものを!』

東京都であれ、警察であれ、フーゾク業界とアダルト映像業界は規制当局とって持ちつ持たれつの関係、延々とチチクリあってきた仲である。取り締まりは必要だけど、取り締まる相手がいなくなっても困るというのが本音だろう。

アダルトビデオ革命史

アダルトビデオ革命史 (幻冬舎新書)アダルトビデオ革命史 (幻冬舎新書)
(2009/05/27)
藤木 TDC

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1975年 ソニー  ベータマックス方式のビデオテープレコーダーを発売
1976年 ビクター VHS方式のビデオテープレコーダーを発売
1978年 ビクター ビデオカメラとレコーダーからなる録画システムを発売
1985年 松下   ジャスト10万円ビデオデッキ発売
      ソニー  ポータブル8ミリビデオカメラ(後のハンディカム)発売

これらは、日本の映像産業の歴史だが、とりもなおさずアダルトビデオ業界の歴史でもある。

かつて、アダルト映像はポルノ映画館でしか見ることはできなかった。
その後、ラブホテル(モーテル)で見られるようになった。
そして、1980年代後半になって、家庭で見られるようになった。
いまや、アダルト映像は、携帯端末で世界中どこでも見られる。

クラシックだってレコードやCDができる前は、
オペラやコンサートに行かないと聴けなかったのだ。

アダルト映像が映画館を抜け出し、「携帯」できるようになるまでには、
幾多の技術革新と、AV業界の不断の努力があった。

かつてアダルト映像に出てくる女性は、プロっぽいというか、
すれているというか、要するに「ポルノ女優」であった。

しかし今や、AVに出てくる女性の品質は、
アイドルやモデルと比べても全く遜色がない。

きれいな人からそうでない人まで、普通に街で歩いている女性が
AVに出る時代なので、もはや「女優」という形容がそぐわなくなっている。

このソフト面での革新も一朝一夕に実現したわけではないという。
ときの「表現者」たちが時代のニーズを敏感に捉え、当局の規制を
たくみにかわし利用しながら、一つ一つの作品を積み重ねてきた結果なのだ。

「マネーの虎」で有名になった高橋がなり氏の逸話は特におもしろい。

彼が率いる「ソフト・オン・デマンド」は、セルビデオ大手「ビデオ安売王」の下請け
としてビデオ作成を行っていた。
「ビデオ安売王」が経営破たんし、下請けの縛りから解き放たれたことをきっかけに、
独自の販売ルートを開拓する。
同時に、マスメディアに頻繁に登場し、AVメーカーの企業イメージの刷新を図った。
さらに、ビデ倫(AV業界の審査機関)に対抗する独自の審査機関を新たに作り、
警察庁ではなく経済産業省認可の団体にしてしまった。
そして、セルビデオ業界を超えて、レンタルビデオ業界にも市場を拡大し、
重要な地位を占めるに至っている。

これはもはや、【ビジネス】の教科書ではないだろうか。



東京都市計画物語

東京都市計画物語 (ちくま学芸文庫)東京都市計画物語 (ちくま学芸文庫)
(2001/03)
越沢 明

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東京の地図にはが多い。

首都高速はなぜ川の上やそばを走っているのか?
環状7号線と8号線はあるのに、なぜ1号線から6号線はないのか?
新宿や池袋の高層ビル群のそばに、なぜ木造アパートの密集地が残っているのか?

本書はこれらの謎を、大正時代からの都市計画の歴史という視点で明らかにしてくれる。

東京の統一感のないキッチュな雰囲気は、自然発生したというより、
法令の制約、時の政治状況、行政の場当たり的対応など、人為的な要因によって
生まれた側面が強いという。

著者が目指すところの都市の美しさはいささか<欧米偏重のきらいはあるが、
【東京】の今の形が歴史に規定されていることを再認識させられる。

御巣鷹の謎を追う

御巣鷹の謎を追う (宝島SUGOI文庫)御巣鷹の謎を追う (宝島SUGOI文庫)
(2011/07/07)
米田 憲司

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1985年8月12日18時56分 羽田発伊丹行きの日本航空ジャンボ機が、群馬県の山中に墜落した。
乗員乗客524名のうち、520名が死亡、4名が助かった。

政府の事故調査委員会の報告書によると、死亡者520名はすべて即死したとされている。

しかし、【生存】した方の証言と、検視した医師の所見によると、事故直後は他にも生存者がいた

救難活動が開始されたのは、墜落から14時間経過した後だった。

取材から明らかになる生存者の証言はあまりに重く、生々しい。

「しんぶん赤旗」の現役記者として現地取材を指揮した著者は、自衛隊および警察が、
猟友会や【メディア】など民間人が墜落地点へ到達するのを、意図的に遅らせたのではないかと推察する。

福島原発の例を挙げるまでもなく、国家や【権力】は重要な意思決定のプロセスを公にはしない。

二転三転する情報に振り回されながらも、地道な取材で【事故】の核心部分に迫っていく様は、
報道のプロとしての執念を感じさせる。

オペラ座の怪人

オペラ座の怪人 (角川文庫)オペラ座の怪人 (角川文庫)
(2000/02)
ガストン ルルー

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-パリのオペラ座の地下には怪人が住んでいるらしい-
ミュージカルや映画でおなじみの「オペラ座の怪人」の元になった小説。

『偉大な音楽家はだれでも、少なくとも一生に一度、<音楽の天使>の訪問を受ける』
オペラ座の歌手クリスティーヌは、幼いころ父親からそう聞かされていた。
父親は彼女に約束した。『お父さんが天国へ行ったら、<音楽の天使>をおまえのところへつかわしてやる』

父親を亡くした彼女は、ある日オペラ座の楽屋で、約束どおり<音楽の天使>の声を聞いた。
その後毎日のように<音楽の天使>のレッスンを受けた彼女は、『ファウスト』の少女マルガレーテを代役で演じることになる。果たして彼女は、その汚れない清らかな歌声で、満場の聴衆を魅了したのだった。

【芸術】の世界で天才と呼ばれる人は、誰しもこのような<天使>と出会っているのかもしれない。
小説の前半は<音楽の天使>をめぐる父と娘、怪人とクリスティーヌの関係が、美しい音楽の調べとともにつづられる。

しかし、後半からだんだんと怪人のサイコっぷりが明らかになり、美しい物語というより怪奇小説的な雰囲気になる。
鏡張りの六角形の拷問部屋の描写などは江戸川乱歩のようである。

クリスティーヌも小説ではかなりドライな性格で、二枚舌で男を翻弄したりする。

というわけで、ミュージカルや映画で描かれる美しくも悲しいラブストーリーをイメージして読むと、少々興ざめするかもしれない。

この小説は、著者がオペラ座で起こった数々の怪事件の調査をして、それを報告するという形をとっている。
もう一つの文庫は創元推理文庫から出されていて、なるほど推理小説として読むのがいいのかもしれない。
パリに地下都市が実在することを考えると、著者も怪談話として書いたのかもしれない。

レ・ミゼラブル

レ・ミゼラブル〈1〉 (角川文庫)レ・ミゼラブル (角川文庫)
(1998/12)
ヴィクトル ユゴー

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19年の刑務所暮らしの後、行き場もなくさまよっていたジャン・バルジャン。
ある司教が、彼を温かく迎え入れ食事を供してくれた。しかし、ジャン・バルジャンはその恩人宅から銀の皿を盗んでしまう。
あくる朝、憲兵に捕らえられたジャン・バルジャンを前に、司教は「その皿はあなたのものだ」と言う。
そして、2本の銀の燭台を彼に渡して言う。
『決して忘れてはいけないよ。まっとうな人間になるためにこの銀器を使うと、私に約束したことを』

この「銀の燭台」のエピソードはあまりに有名だが、これは物語のほんの序章にすぎない。

分厚い文庫本4冊を通じて、ジャン・バルジャンの絶体絶命の危機がもうやめて~というくらい繰り返される。
結末がわかって読んでも毎回ハラハラさせられてしまう。

でも、根っこのところで安心して読み続けられるのが本書のよいところ。
最終章、コゼット送り出すジャン・バルジャンの言葉が本書のそんな優しさを集約している。

『神が親切であることの証拠は、この子がそこにいることだ』

著者の歴史解釈や「もの申す」的な部分が長々と挿入されているので、
とっつきにくいかもしれない(文学的にはむしろここに意義があるのだろうが)。
これらの読みにくい箇所は、丸ごと飛ばしても話の流れは全く遮られない。

歴史的背景も知っておいたほうがいいのだろうけど、予備知識ゼロの文学素人でも
ジャン・バルジャンの活劇だけで十分楽しめる。

パリ 地下都市の歴史

パリ 地下都市の歴史パリ 地下都市の歴史
(2009/09)
ギュンター リアー、オリヴィエ ファイ 他

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『パリの地下には、洞窟や地下道で構成された、もうひとつの都市が存在する』

え?

しかもそこには

『パリ市民三十世代分、600万から700万人分の遺骨が眠っている』

!!!!

これがSFでも都市伝説でもなく、事実だというからワクワクしないではいられない。
パリの劇場の地下に住む「オペラ座の怪人」は決して空想の話ではないのだ。

「レ・ミゼラブル」でも、ジャン・バルジャンが最後に逃げ込んだ場所はパリの下水道だった。

宮崎駿の初期アニメ未来少年コナンでは、無機的な都市インダストリアの地下に無数の囚人たちが住んでいる。
パリの地下都市にインスピレーションを得たのかもしれない。

パリには下水道ツアーなるものもあるらしい。
本書によるとパリの地下都市は下水道よりもさらに下に広がっているとのことだが、
たとえほんの入り口でも、都市のはらわたを覗いてみたいものだ。

美しい都市・醜い都市―現代景観論

美しい都市・醜い都市―現代景観論 (中公新書ラクレ)美しい都市・醜い都市―現代景観論 (中公新書ラクレ)
(2006/10)
五十嵐 太郎

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小泉政権時代の2006年、日本橋の上にかかる首都高をどかすというプロジェクトがぶち上げられた。
日本橋川に空を取り戻す会というHPがあったのだが何事もなかったかのように財団HPに)

本書はこのプロジェクトに対する反論で構成されている。

輸送力が増えるわけではないのに5000億円もかかる。
江戸時代の日本橋を復元するならまだしも、今の日本橋はヨーロッパのコピーで、保存に値しない。

といろいろ論拠はあるが、本音のところは
『行政が作り出す美というものが信用できない』
ということに尽きるようだ。

国家【権力】【芸術】を管理しようとすると、【ソ連】や北朝鮮のように、なんとも奇怪なもの(それはそれでおもしろいが)が出来がちである。

【中国】深センも、30年ほど前はひなびた農村だったのが、国策により今や人口1千万をゆうに超える巨大都市に変身した。
実際に行った印象では、若者が多いエネルギッシュな街だと感じたが、建築家の眼にはコピーだらけでPhotoshop的都市に見えるらしい。深センにはコピーを逆手にとったようなテーマパークがあるというからこの国はあなどれない。

雑誌の連載の寄せ集めでやや統一感に欠ける構成だが、美というものが相対的であることを再認識させられる。

日本を滅ぼす教育論議

日本を滅ぼす教育論議 (講談社現代新書)日本を滅ぼす教育論議 (講談社現代新書)
(2006/01/19)
岡本 薫

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文部科学省の課長を務めた著者が、日本で【教育】をめぐって不毛な議論がなぜ繰り返されるのかを分析する。

『日本人は「教育教」の信者なのです』

著者は、日本の教育をめぐる議論が理解できない外国人に対して、こう説明することにしているらしい。

教育の前ではすべての人が平等である

2011年3月に起きた京大入試のyahoo知恵袋カンニング事件の大騒ぎ。
教員の不祥事が政治家さながらに報道される風潮。
日本人が教育を神聖視しているというのも何となくうなずける。

バカでいる権利を認めるべきだ』
西欧では、「国の都合で不必要に高度な思考力の取得を強制させられるのはおかしい」
という考えがあるらしい。

【権力】というものは警戒すべき存在であり、常に市民がコントロールすべきである
この感覚は、【水戸黄門】を愛し続けた日本人には理解しにくい。

でも、根っこのところで信頼できている国のほうが幸せな気もする。

愛され続けた水戸黄門も2011年末に終了。日本の政策論議は新しい時代を迎えるのだろうか。

アメリカ精神の源―「神のもとにあるこの国」

アメリカ精神の源―「神のもとにあるこの国」 (中公新書)アメリカ精神の源―「神のもとにあるこの国」 (中公新書)
(1998/06)
ハロラン 芙美子

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『アメリカは二百年の歴史しかない若い国だから深さがない』

このようなイメージを持っているひとはいまだに多いだろう。

アメリカ人を夫に持ち、自らもカトリック教徒である著者は、自身が学んだ宗教史と、アメリカ人との魂の交流を通じて、アメリカ社会の深い『霊性』を説く。

あなたは神の存在を信じますか?

日本人でこの問いにはっきりと「Yes」と答える人は少ないだろうし、「Yes」と即答する人はやや奇異な眼で見られるかもしれない。

しかし、アメリカでは正反対で、「No」と即答する人は一昔前なら共産主義者と誤解される恐れすらあるという。

アメリカでは、ホームレスなど貧困者の支援に税金が使われることが少ないという。理由はいたってシンプルで、

税金は納税者のために使われるべきだから

だからといってホームレスが見捨てられているわけではない。
教会を母体としている民間の慈善団体によって、宿泊所や食事の提供が行われているのだ。
多くの市民は直接関わることはないが、教会への寄付という形で貢献している。

貧困者の救済から牛の全頭検査まで、なんでもかんでも税金で解決しようとする国民と比べて、どちらが深いかと問われると、答えに窮してしまう。

【アメリカ】の著名な宗教的指導者によれば、アメリカという国は終わりのない巡礼を続けているようなものだという。

政治、経済、科学、いずれの分野でも覇権を目指す国民性は、実は一人一人の【宗教】的自我に支えられているのかもしれない。

動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか

動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか
(2009/02/17)
福岡 伸一

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NHKなどでもおなじみになりつつある分子生物学者の福岡伸一さんが、コラーゲン、ダイエット、狂牛病脚気など、身近な話題を生物学的に解説しながら、自身の生命観を語る。

マウスの体を構成するたんぱく質は、わずか3日間で、その半分以上が、食べたエサに含まれていたたんぱく質に入れ替わっているという。でもマウスの見た目は3日前と変わらない。

この動的平衡という概念は、日本の古典にも現れる。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず 方丈記(鴨長明)

『生命現象は、プラモデルのような静的なパーツではなく、河の中にできる「淀み」のようなもの』

彼の生命観に触れると、ふっと心が軽くなる気がする。

自己デザインする生命―アリ塚から脳までの進化論

自己デザインする生命―アリ塚から脳までの進化論自己デザインする生命―アリ塚から脳までの進化論
(2009/02/24)
J.スコット ターナー

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生物の構造は、その機能性と美しさから、何ものかがそれをデザインしたのではないかという考えに私たちを導こうとする。

著者は、このインテリジェント・デザインという考えに反論する。

ダーウィンの【進化】論を学んだ人であれば、生物のデザインは、自然淘汰によって長い年月をかけて選ばれたものだと考えるかもしれない。

著者は、進化論を否定はしないが、自然淘汰だけでは説明がつかないデザインがあることを、いくつもの証拠で示してゆく。

ホメオスタシス=恒常性の維持  これが、著者が提唱するデザインの本体である。

血管、骨、脳、シカの角、アリ塚の塔などの最適化された構造は、設計図か何かで静的に決まっているわけではなく、細胞同士の競争や外部環境との【関係性】によって動的に維持されている。
この考え方は『動的平衡こそが生命現象の本体である』という考え方に通じる。

科学者らしい文体で少しとっつきにくいが、著者の生理学への愛情が伝わってくる。

われら以外の人類 猿人からネアンデルタール人まで

われら以外の人類 猿人からネアンデルタール人まで (朝日選書 (783))われら以外の人類 猿人からネアンデルタール人まで (朝日選書 (783))
(2005/09/09)
内村 直之

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「人類の進化」と聞くとサルからヒトへの直線的な変化をイメージしてしまう。

実際は現在のヒト以外にもたくさんのヒトっぽい種が存在し、その中で唯一現在のヒト(=ホモ・サピエンス)だけが生き残ったという。

学者が書いた本かなと思ったら朝日新聞の記者さんが著者だった。

教科書でなじみのある400万年前の人類アウストラロピテクスは、現在の人類学では最古ではなくなっている。
しかも
アウストラロピテクス・アナメンシス
アウストラロピテクス・アファレンシス
アウストラロピテクス・アフリカヌス
など、異なるアウストラロピテクスが何種類もいたという。

新しい種が出現するためには、生物のある集団が別の環境で孤立することが必要。
人類の場合、その最適な場所がアフリカの大地溝帯だったという。

それに加えて、最近の研究では環境の変化も【進化】を促すという説が提唱されているらしい。
寒冷化などで生存【競争】が激しくなった結果、適応できなかった古い種が絶滅し、適応できるよう進化した新しい種が生き残る。

『ヒトは蝶よ花よと浮かれ気分でこの世に現れたんじゃない。カラカラの厳しい環境がヒトを生んだ』
という表現は【人類史】の厳しさを物語っている。

銃・病原菌・鉄―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎
(2000/10/02)
ジャレド ダイアモンド

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今日の世界は、なぜ西ヨーロッパの出身者たちが支配しているのか?
今日のアジアは、なぜ【中国】が支配しているのか?

個人レベルで言えば、生きる力は文明人より未開民族のほうがずっと強い。
獲物や水のありか、武器の作り方など、【生存】に必要な知識をたくさん持っている。

本書は、世界の覇者を決めたものは何かという【人類史】の大きな問いに対して、
『単に地理的に有利だったから』
というミもフタもない仮説を、科学的証拠で体系的に実証している。

日本も含め、努力して【競争】力をつければ先進国に追いつけると信じている国にとっては、
なんとも絶望してしまう話である。

島国で、かつ独自の言語を発達させた日本。
「ガラパゴス化」は今に始まったことではなくて、地理的な宿命なのだろう。

ゴッホは殺されたのか 伝説の情報操作

ゴッホは殺されたのか 伝説の情報操作 (朝日新書 94)ゴッホは殺されたのか 伝説の情報操作 (朝日新書 94)
(2008/02/13)
小林 利延

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天才画家ゴッホの死が、自殺ではなかったのではないかという仮説を、弟テオとの手紙を通して検証しようとした書物。ミステリー仕立てなので絵画素人でもすんなり読める。

検証の妥当性はともかくとして、ゴッホが人妻好きストーカーっぷりがすごすぎる。ゴーギャンが距離を置こうとしたのもわかる気がする。

ゴーギャンのどこか余裕を感じさせる絵と、ゴッホの崖っぷちスレスレの絵。
【芸術】は自分を削りながら作るものだと言われるが、ゴッホの削りっぷりは半端ない。

ソ連知識人との対話

ソ連知識人との対話 (中公文庫)


保守派の論客として知られる著者が1977年に【ソ連】を訪問したときの記録。

歴史的観光地や文学ゆかりの地を巡って、ソ連作家同盟の関係者などと対談したのを記録しただけのものだが、ソ連という国家のあり方やロシア人の気質を、経済、文学、【芸術】【教育】【宗教】などから多面的に考察している。

著者が会う人会う人に繰り返し感じさせられる違和感
この訪問の15年後にソ連が崩壊したことを知りながら読むと、破綻への予兆のように思えてくる。
芸術家が【権力】の代弁者を兼ねることには根本的な矛盾があったのだろう。

『日本でも国家が管理している組織はだいたいソ連と似ている
【人類史】的には、日本もソ連も【近代化】に出遅れた落ちこぼれ同士。経済の仕組みこそ違えど、官僚主義的な国家の枠組みや欧米への劣等感は共通している。

ロシア正教に根ざす「メシア思想」は、日本では、【水戸黄門】的な世直し願望として現れているとも言える。

「日本は世界で最も成功した社会主義国だ」と言われた時期もあったようだが、経済が停滞してしまった今、ソ連の崩壊が対岸の火事とも思えなくなってくる。

この書物の訪問のちょうど30年後にウズベキスタンに行ったが、サマルカンドでは偶然にも西尾先生とほぼ同じ観光コースをたどってしまっていた。歴史遺産がメインなので当たり前といえば当たり前だが。

オリガ・モリソヴナの反語法

オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)
(2005/10/20)
米原 万里

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ロシア語通訳の米原万里さんの唯一の長編小説。

テレビのコメンテーターのおばさん、というイメージ、タイトルから想像するロシア語にまつわるエッセイ的なイメージ、どちらも見事に吹き飛ばされる。

スターリン時代の【ソ連】、外国人と交際があっただけでスパイ容疑で逮捕され、家族もろとも処刑される。スパイ容疑者が通っていたレストランのシェフまでが処刑される。

そんな暗い時代でも、人々は明るさやユーモアを失わずに生きていた。

ウグイスを寓話では養えない』 でも人は 『寓話なしでは生きていけない

この本を読んだのが東日本大震災の直後だっただけに、【芸術】や娯楽が何のためにあるのか、人が何を支えに生きているのかを考えさせられた。

井筒監督がテレビで「映画は虐げられた人たちの記録を残すためにある」と吼えていたのをなんとなく思い出した。

日本人有名バレリーナ藻刈富代の逸話も皮肉たっぷりでおもしろい。
【教育】の内容が、共産主義下の方が人間的で、日本の方が無機的だったというのも興味深い。

この作品が映画化されて、オリガ・モリソヴナが踊る姿を実写で見たいものだ。

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Author:shokomotsu
無意味つづり>書庫モツ連鎖

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