血盟団事件

血盟団事件血盟団事件
(2013/08/07)
中島 岳志

商品詳細を見る

プロセスがすっとばされているなぁというのが率直な感想。

昭和初期、日本が軍国主義戦争に突き進んでいくちょっと前の時代、
法華経の信者たちが軍部の若手と共謀し、要人暗殺を企てた。
血盟団事件

元大蔵大臣・井上準之助と、三井財閥総帥の団琢磨の2名を殺害したところであえなく検挙。

彼らのリーダーは法華経の僧侶である井上日召
法華経の教えに基づき、民衆を搾取する財閥政党政治
暴力的に排除すべしと主張した。
(当初はもっと穏健だったみたいだが)

彼らが理想としたのは、天皇が民を直接治める政治体制。

財閥をつぶしたいなら共産主義でいいものを、なぜに天皇
というツッコミどころはあるものの、彼らのムーブメントはバカにできなくて、
血盟団の残党はその後五・一五事件を起こし、怒れる民衆の声がなんとなく大義となる。
それを味方に軍部は肥大化、天皇崇拝と泥沼の戦争へとつながっていった。

その後の歴史はおなじみの通り、日本をフルボッコにしたアメリカが財閥を解体.、
農地を解放、社会主義的な国家を建設した。天皇制は骨抜きにされたとはいえ温存された。

皮肉にも、法華経の僧侶が夢見た社会は、
キリスト教精神の敵国によってあっさり実現してしまった。

【アメリカ】の勘所の抑えっぷりは恐るべしとしか言いようがないが、
血盟団も方向性は民意に近かったわけで、うまくやれば結果も
違ってたんじゃないかという気持ちもぬぐえない。

戦前から選挙制度はあったし、社会主義勢力もそれなりに活動してたはず。
いきなりテロじゃなくて、地道にプロセスを踏んでいればよかったのに。

農村は明日のもないほど困窮してるのに都市ではボンボンが贅沢三昧、
天下国家を論じても教育者や学者は相手にしてくれない。
疎外感にさいなまれた彼らがブチ切れるのも無理はない。

生活を出発点にした政治運動がメインラインにならない状況は、
戦後日本にずっと受け継がれている気がする。オウム事件から20年、
似たようなことが繰り返されるんじゃないかと不安になったりする。
スポンサーサイト

弾左衛門とその時代 (河出文庫)

弾左衛門とその時代 (河出文庫)弾左衛門とその時代 (河出文庫)
(2008/01/05)
塩見 鮮一郎

商品詳細を見る

お笑い芸人が実はお嬢様だった、とかいう番組を観るたびに
お金に不自由しないのに貴重な芸人枠をとるなんて、
胸糞悪くなったりするのだが、そんな単純でもないようだ。


浅草弾左衛門

江戸時代、屠殺から芸能までアングラ界を牛耳った男。

弾左衛門の名は人名であるとともに世襲の職名でもある。
なので歴史上何人もの弾左衛門がいる。

本書は、江戸から明治にかけて生きた最後の弾左衛門、
弾直樹についての物語。

史実だけで言えば、明治4年の解放令によって、
すべての被差別者は平民になることができた。
しかし想像に難くない通り、差別はその後もなくならなかった。

江戸時代の差別は、身分制とセットだった。

被差別者は特定の場所にしか住むことができず、
特定の職業にしか就くことができなかった。
その代わり、その居住地や職業を独占することができた。

先のお笑い芸人の例でいえば、どこぞの金持ちが
割り込んできたとしても、排除する権利を与えられていたのだ。

明治の解放は、このアメとムチの両方を取っ払った。

解放令と前後して、土地の所有が自由化された。
被差別者はこれまで住んだ土地の払い下げを受けたはいいが、
所有者として税金を払わなければならなくなった。

日銭を稼ごうにも、屠殺などの仕事は自由化されて
農民や資本家に奪われている。

かくして新平民たちは、生活の糧を奪われた形で、
資本主義の荒波に放り出されたのだ。

弾直樹は、この解放を複雑な思いで受けとめただろう。

彼はどこで学んだのか、江戸末期から解放を訴え続けてきた。
その意味で、解放令は悲願の実現であった。

しかしあまりにラディカルすぎた。
彼が求めていたのは「段階的な」解放で、
その手順は自分に決めさせてもらいたかった。

アングラ界を知り抜いている彼にとっては、急激な解放が
混乱しか招かないことは自明だったのだろう。

一見被差別者の味方であるかのような彼のスタンスは、
被差別者の上に立ち続けたい選民意識と裏腹でもあった。

この点は江戸中期に弾左衛門傘下を抜けた歌舞伎にも通ずるものがある。
被差別を抜け出した芸能集団は、その後権力と結びついて逆に特権化した。

解放後、平民となった弾直樹は皮革工場を始めたりしたがうまくいかなかったようだ。

ただ、彼の下で学んだ職人たちは、全国で皮革産業の担い手となった。
被差別の専売だった皮革産業は、軍需で立派な【ビジネス】に成長した。


弾直樹が亡くなって125年経った今、
お金持ち芸人になり、
それが奇異に映らないのだとすれば、
彼が目指した社会が実現しているとも言える。

そうやって世の中が希釈されていくことが【近代化】というものなんだろう。

『妙法蓮華経』の生いたち -鳩摩羅什三蔵について-

『妙法蓮華経』の生いたち -鳩摩羅什三蔵について- (さだるま新書, 4)『妙法蓮華経』の生いたち -鳩摩羅什三蔵について- (さだるま新書, 4)
(1986)
野村耀昌

商品詳細を見る

みょうほうれんげ~きょ~

ポクポクポクとリズミカルな木魚の音。

お坊さんが広げた蛇腹の厚紙のようなお経を覗くと

妙法蓮華経…

と達筆な漢字が並んでいる。

お経ってなんかシブい…なんてうっとりしてると、ある疑問が頭をもたげた。

仏教はインド生まれだから、お経もオリジナルは漢文じゃないのでは?

気になって調べてみると

仏典はどう漢訳されたのか――スートラが経典になるとき仏典はどう漢訳されたのか――スートラが経典になるとき
(2013/12/19)
船山 徹

「漢訳」!

つまり、誰かがインドの言葉に漢字を当てて翻訳したのだ。

われわれは翻訳版のお経をありがたがっていたのか!


本書の主人公、鳩摩羅什(くまら・じゅう)は、その「漢訳」者の一人である。

西暦344年、彼は西域の小国クチャに生まれる。
父はインド人、母はクチャ王の娘。王族の子だったため、
貴重な仏典にオリジナルで触れる機会に恵まれた。

若くして頭角を現した彼の名は、遠く中国長安まで届いた。
当時の中国は戦乱の世。
ある武将が鳩摩羅什を軍事顧問にするためクチャまで遠征し、彼を捕虜にした。
(当時の中国では仏僧は単なる知恵袋程度の扱いだったらしい)

帰る途中、長安で政変が起こり、武将は本国に帰れなくなった。
武将はその地にとどまり、鳩摩羅什を抑留してしまった。

17年後、長安で新しい国王が誕生する。この国王が鳩摩羅什を欲しがった。
しかし今度は拉致るなんて野蛮なことをせず、国賓として迎えるという。

鳩摩羅什はこの招きを受けることを決断する。
国王の言葉はハッタリではなく、異例のVIP待遇が彼を待っていた。

まず軍隊が迎えに来て、膨大な量の仏典を運んでくれた。
長安では国王自らのお出迎え、住居兼作業所として離宮をたまわる。
さらにそこが手狭になると六千人収容可能な別の建物を建ててくれた。

なぜそんな広い場所がいるかというと、
鳩摩羅什を目当てに国中の僧侶が集まったからだ。
何千人もで吟味しながら、仏典を一行ずつ詠み、
仏の教えにぴったり合う漢字を一文字一文字当てていったのだ。

鳩摩羅什の頭脳、抑留時代に磨かれた仏典への理解と漢語のスキル。さらに【中国】の頭脳集団。

まさに奇跡のコラボ、そんじょそこらの翻訳じゃなかったのだ。

南無妙法蓮華経、ありがたやありがたや。

未完のファシズム: 「持たざる国」日本の運命

未完のファシズム: 「持たざる国」日本の運命 (新潮選書)未完のファシズム: 「持たざる国」日本の運命 (新潮選書)
(2012/05/25)
片山 杜秀

商品詳細を見る


日本は日露戦争に勝って調子に乗り、
アメリカに無謀なケンカを売ってボコボコにされた。

これが一般的な日本の近代史の理解だろう。
でもそんな単純ではないんじゃないか?というのが本書の出発点。

一億玉砕、特攻と竹ヤリで本土決戦を戦えば
アメリカにも勝てると、当時の軍人たちは本気で考えていたのだろうか。

なぜ本土を空爆される前に手打ちにできなかったのだろうか。

そんな素朴な疑問に、膨大な軍事資料を駆使して答えようとしている。

実は、【プロ】の軍人たちは、もし総力戦になった場合、
アメリカには逆立ちしても勝てないことがわかっていた。

これは、戦力と国力を冷静に分析すれば誰でもたどりついた結論で、
例えば鉄の生産量は、1940年の段階でアメリカは日本の10倍近くもあった。

これらのデータは、しかるべき意思決定の場にも出されていた。
局地戦で勝利をあげて早めに手打ちにするのが身の丈にあった戦い方だと、
まっとうな軍人や政治家は主張していたのだ。

しかしこの考え方は主流にならず、
「国力に劣っていても奇襲と精神力で勝てる」という、
中学校の部活のような基本方針が公式に採用された。

一度決まった部活スローガンは、国際環境や戦況、軍事技術が【変化】しても
顧みられることがなかった。誰もがなんとなくダメっぽいと感じながらも、
誰も大きな路線変更を言い出せなかった。

もし、当時の【権力】者たちが、ツジツマ合わせをやめて、
データに基づく現実的な戦略をとっていたら、
どれだけの人命が失われずに済んだのだろうか。

馬鹿げたスローガンに振り回されることなく目的に合った意思決定ができるようになったのか?
それを可能にする社会や組織の仕組みを作れたのか?

これが、戦争で亡くなったすべての方々から突きつけられた問いなのだと思う。

聖書VS.世界史

聖書VS.世界史 (講談社現代新書)聖書VS.世界史 (講談社現代新書)
(1996/09/20)
岡崎 勝世

商品詳細を見る

ここに西暦1300年頃の「世界地図」がある。

地中海とその周りの地域が地図の半分以上を占める。
地図の真ん中は聖地エルサレムだ。

アメリカ大陸はまだ発見されていないから存在しない。
アフリカの南半分、中国、インド、北欧は、地図の端っこ
へばりつく形でかろうじて登場する。

よく見ると、これらの辺境に奇妙な「人間」が描かれている。
口が小さすぎてストローでしか液体を飲めない「口細人」
長い耳にくるまって暖をとる「長耳人」
巨大な一本足で極めて速く走り、その足を傘のようにかざして休息する怪物

当時のヨーロッパ人の世界観は、自分たちが知る地中海周辺を一歩外へ出ると、
化物の棲みかが広がっているというものだったのだ。

空間と同じく、時間の観念も現代とは違っていた。

中世は、アダムとイブが「禁断の果実」を食べてから約7000年後、
ノアの洪水が起こってから約5000年後の世界だった。
類人猿はいないし、石器時代もない。ビッグバンのように、
アダムとイブがすべての始まりで、その前はないのだ。

近代科学の祖である【ニュートン】ですら、聖書に書かれた歴史は正しいと信じ込んでいた。

ところが、この世界観は思わぬ矛盾にぶつかる。【中国】の存在だ。
東西文明の交流が進むにつれて、どうやら中国がアダムとイブより古いらしい
ということがわかってきた。

これはまずい。

聖職者や神学者は、信仰心との板挟みに苦しみながら、ついに重大な方針転換をする。
アダムとイブ以外の歴史があること、この世がユダヤ・キリスト文明だけではないことを認めたのだ。
これが1700年代後半のこと、たいして昔のことじゃない。

西欧文明の自己チューさが表れているとも言えるが、
他者との【関係性】の中で、時間をかけてでも価値観を
ひっくり返せるのもまた、西欧文明のすごいところなのだ。

それにしても、歴史の本がこんなにエキサイティングだとは。
細かい年代や人名はすっとばして読んでも全く問題ない。
このリアルストーリーは一度読み始めると止まらない。
プロフィール

shokomotsu

Author:shokomotsu
無意味つづり>書庫モツ連鎖

カテゴリ
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク